茨城県については情報量が多いため、別のエントリに分割しました。
以前の情報については、関東の状況まとめをご覧ください。(川内、4/3)

茨城県内の文化財・歴史資料などの状況に関する「速報」(4/2、メール抜粋)

2、文化財・歴史資料の被災と救済をめぐる動き
 3月20日の茨城新聞朝刊、23日の朝日新聞朝刊が、県内文化財の被災状況を集約した記事を掲載した。弘道館・六角堂をはじめ、真壁の伝統的建造物群・鹿島神宮本殿など、建造物を中心とする多くの国指定文化財が被災している。県や市町村の指定文化財の中にも、被災した物件が相当数あるようであり、県や市町村教育委員会の対応は、こうした指定物件を中心に進められている。また博物館・資料館でも、収蔵資料の手当てで手いっぱいの状態だという。阪神淡路大震災やその後たびたび起こった災害の経緯からみても、やはり未指定の歴史資料への緊急的対応は、地域の研究者が協同して動くしかない。
 個人的には、事態を正確に認識し情報を収集するため、当初は、自宅のある笠間市周辺の自転車で回れる範囲を動くことにした。道路のあちこちに亀裂が走る。市内では笠間城下の被害が際立つ。道路があちこち陥没し、老朽家屋の屋根瓦の崩落が目立つ。ただし全壊の家屋等はないようだ。笠間稲荷の摂社・稲荷社の鳥居が崩壊し、老舗の造酒屋「松緑」の酒蔵が損壊。大渕天神社の鳥居が倒れ、拝殿が傾き、石垣の石が所々飛び出していた。おそらくこうした活動は、県内研究者が個人単位で行っているはずであるので、その集約が必要である。
 電話やパソコンを使った情報収集にも努め、こうした状況で打てる手段を模索した。資料救済について、県内でどこからも手が上がらない状況を踏まえ、時代や専門からいえば必ずしも適当とは思われないが、私と院生・OBで組織する「茨城大学中世史研究会」が窓口となって、被災地に資料救済についての情報発信することになった。最後に添付したような、歴史資料ネットワークのチラシを編集しなおした、被災地の歴史資料の保存を呼び
かけるチラシ「東北・関東大震災被災地の被災した歴史資料についてのお願い」を作り、現在、茨城県教育委員会文化課、市町村教育委員会、県内の研究者を通じて、被災地域に届くように努めている。動き始めた当初より、筑波大学の白井哲哉さんの協力をいただくことができたので、今後、実際の救済・調査にあたっては、指揮を執っていただけるであろう。現地からも、少しずつ反響が寄せられている。
 たとえば茨城大学でも、「震災調査計画」が練られ、学部や分野を横断した調査チームが発足したが、今後、こうした被災地で動いている団体と広く連携し、実態把握と救済活動の実質化に務める必要がある。
 茨城県内には、時代や分野を超えて地域史に関心をもつ研究者が結集できる組織がないため、情報の集約や発信に大きな支障となった。今後、東北地方での歴史資料の救出に、隣接する県の研究者として協力する必要も出てくる。こうした現状を、すぐに変えることはできないが、地域の研究者を横断するネットワークの必要性を強く感じることとなった。

3、被災地の状況
 震災直後、テレビ・新聞の報道は、激甚な被害を受けた東北地方のニュースが中心であり、茨城県内の状況について得られる情報には大きな限界があった。その後、県内被災地域の状況も少しずつ報じられるようになり、県北部における津波、鹿行地域における液状化現象などが、特に顕著な被害であることが分かってきた。以下、実見に従い、その概況を、歴史資料の被災という観点に留意しつつ、まとめておく。
(1)県北地域
 北茨城市の近世以来の平潟港が、大きな津波被害を受けた。周知の古文書の流失が伝えられている。漁港から続く沿海部の東町方面に、家屋半壊・前会等の甚大な被害。ただし陸前浜海道から港に至る道沿いの町場は、土地が高く地盤も安定しているためか、瓦の崩落や壁の亀裂、石塀の倒壊といった比較的軽微な被害にとどまったようだ。
 同市内最大の大津漁港は、津波による壊滅的被害を受けている。漁協など、漁港にかかわる施設がすべて大きく損壊。漁船の多くが転覆し、打ち上げられている。定置網が陸地に打ち上げられ、大量に散乱している。東西の主要道「塙大津港線」沿いの被災は激甚で、多くの家屋が全壊・半壊。ただしその奥に展開する寺社や主要集落まで津波は到達していないようにみえる。歴史資料館「よおそろー」も被災。市場は巨大な瓦礫置場となり、その中には襖等の家財もみられた。同市磯原海岸も、海岸線を走る国道6号を津波が超えた。家屋の一部損壊が目立つ。
 日立市河原子港は、海水浴場に沿った民宿などに津波被害の痕が確認される。久慈漁港にも被害あった。ここから日立港にかけて、津波が国道245号を超え、沿道家屋・商店が被災している。
 東海村村松あたりの砂丘地帯では、液状化で道路が激しく陥没・隆起。大神宮の石造大鳥居、虚空蔵尊の手水屋が倒壊している。新川の川岸が大きく崩落した。ひたちなか市磯崎漁港(阿字ヶ浦)は、砂丘から漁港に至る民宿・ホテルに軽微な被害。奥にある旧集落はほぼ無事であろう。平磯海岸では津波は海岸線の道を超えていない。那珂湊の埋立地の市場には、大きな被害が報じられたが、すでに復旧が進んでいる。市場裏の道沿いまで、浸水の痕があるが、それより奥、すなわち中世以来の那珂湊の町場内に津波が及んだ形跡はない。大洗町の大洗港は、役場を超えて沿海低地部に展開する集落に大きな津波被害がでた。このあたりは埋め立て地であろう。家屋の損傷が目立つ。ただしもう一段高台に展開する旧集落に津波は及んでいない。
 なお北茨城・高萩をはじめとする博物館・資料館施設の被災は、上に指摘した二館を除いては、報告されていない。
(2)鹿行地域
 沿海部を走る国道51号線を、北から鹿島市に入ってしばらく南下すると、海側の集落の電柱が連続して傾いている場所が何か所もみえる。国道124号沿いの神栖市長栖あたりでは、電柱や、スーパー・レストランなどの看板が、100メートル以上にわたってすべて傾く。陥没した家屋・商店も多く、車道も歩道も大きく陥没・隆起を繰り返し、甚大な液状化現象の被害を受けている。このあたりは北浦と鹿島港がもっとも近づく埋立地。ここからほど近い神栖市奥野谷の山本家住宅は、漁師屋敷で国指定の建造物。津波被害を受け、土壁が一部損壊するなど、被害を受けている。津波で打ち寄せられた漂流物があたりに残る。鹿島港に侵入した津波があふれ、神之池との間に挟まれたこのあたりに押し寄せたものと思われる。海浜運動公園から日川浜海水浴場方面の沿海地域も確認したが、津波が及んだ形跡はなかった。
 潮来市日の出地区は、遠目に見ても、電柱が傾きひどい状態だった。このあたりは内波逆浦の埋立地。潮来市内の国道51号・主要地方道5号沿いは、比較的被害は少ない。対照的に一筋常陸利根川沿いのあやめ園のある水郷地域は、電柱が傾き、道路にも激しく亀裂が走る。
 茨城町海老沢の郵便局前の歩道は液状化現象でマンホールが50~60センチくらい飛び出している。地方道45号線、続く県道114号沿いは、道路に隆起や沈降が目立つ。行方市下吉影でも液状化現象により、水戸神栖線(地方主要道50号)の歩道・車道のマンホールが連続して30~100センチほど飛びだす。道路の陥没・隆起も甚だしい。
 この地域においても、博物館・資料館施設の被災は報告されていない。

4、総括
 現状において、県内の歴史資料が深刻な危機を迎えていることは間違いない。情報不足や燃料事情の悪化、福島での原発事故の影響もあり、震災当初、身動きができない状態に追い込まれていたこともあるが、初動において何か手を打てなかったか、という思いは消えない。
 津波は、県北の港町において甚だしい被害をもたらしているが、旧集落に被災が少ないという共通点がみられる。例えば大洗や那珂湊では、新たに埋め立てて造った港の市場や造成地が津波に襲われ、寺社や旧家が所在する旧集落は地震による家屋の損壊だけにみえる。平潟では、寺社は港を囲む高台にあり、町屋が並ぶ近世以来のメインストリートは、標高は被災家屋が並ぶ地域とあまり変わらないように見えるが、津波が及んではいない。大津漁港は、現代に大規模造成したものであり、そのすぐ内側、もっとも海側の港に沿った東西道「塙大津港線」沿いの「長屋」を中心とする集落が激しい津波被害を受けた。しかしよく観察すると、旧家や寺社は、その一段高い土地に並ぶように点在しており、被害は比較的軽かったのではないか。
 県南では、神栖市の山本家住宅が津波で被災している。これは、鹿島港に入りこんだ津波があふれ、旧集落の中心を襲ったものである。鹿島港は、神之池を潰して造った人工の港湾であり、山本家のある奥野谷の集落が津波被害を受けることは、本来はありえない。この事例は、現代の大規模な地形改変がもたらした「人災」である。
 わずかだが古文書の流失が報告され、一概には言えないが、歴史の淘汰を受けつつ形成されてきた旧集落は、津波を受けにくい土地を選んで形成されていることに気付かせられる。そうした土地の占有状況の中に、村の階層・階級関係も織り込まれているのだろう。被災地から平川新さんが発信した『宮城資料ネットニュース』98号で、奥州街道の宿が、慶長大地震を踏まえて計画的に形成されたのではないかという所論を展開しているが、茨城の漁村内においても、そうした実体験の蓄積が、集落のあり方を規定していたのかもしれない。
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