福井史料ネット 中間総括

 7月18日の福井豪雨を受け、7月25日に結成された福井史料ネットワークの活動も、そろそろ一ヶ月近くが経とうとしています。この数週間の活動を通じて僅かながら見えてきたこと、また今後のネットの活動のあり方についてなど、これまでの活動の中間報告をかねてご報告したいと思います。

 ※ なお、福井史料ネットワークが結成されるまでの経緯や、個々の現地調査については、ホームページ上に公開されている報告をご覧ください。
 http://www.lit.kobe-u.ac.jp/~macchan/fukui_suigai.htm

【中間報告】

  災害による被害という点からみると、地震の場合と異なり、豪雨水害では、生活の復旧までにかかる時間が短いこと(家屋の全半壊などの場合は除く)、また水没した生活道具の廃棄までにかかる時間が短いこと、が特徴として挙げられると思います。今のところ、今回の豪雨水害により、水に浸かった史料を廃棄したという事例は報告されていませんが、仮に廃棄されてしまったとすれば、かなり早い段階で廃棄されていると考えられます。そのため18日の豪雨から日を置かずして、21日にはマスコミに、22日には現地の各種復旧ボランティアに対して、史料廃棄に対する注意を喚起する文書を送付したことは初動として的確だったと思います。

  しかしその一方で非常に早い段階で、生活復旧に追われる被災者の元へ、史料ネットのメンバーが調査やレスキューに訪れることは実質無理だったとも思われます。被災者の感情を考慮すると、最低でもライフラインが復旧し、自宅で寝起きができるようになるまでは、現地での調査は難しかったと考えてよいでしょう。実際に、豪雨から二週間以上が過ぎ、外観からは生活が復旧したと見られる地区でも、調査が困難だった事例がありました。

 次に約100件の現地調査を終えて、ある程度見えてきた豪雨水害による史料被害の特徴について考えてみます(「被害」というよりは「被害を受けなかった」特徴と言ったほうがよいでしょうか)。まず史料を所蔵している旧庄屋家や寺院・神社などの立地条件が、史料を被害から守ったという事例が数多く見られました。これらの所蔵者宅は集落の中でも山際の高地に所在し、川沿いの住宅が床上浸水などの大きな被害を受けた場合でも、高地に位置する旧家・寺社は全く被害を受けなかった事例がいくつもありました(逆に山からの土砂被害を受けた事例は若干ありましたが)。次に史料の保管場所に特徴があると考えられます。史料の多くは蔵や経蔵、宝物殿などで保管されていましたが、まず建物自体が住宅部分より一段高く作られており、なおかつ史料の保管場所が二階部分である場合が多く(史料は大切なものだという意識からか、日常使わないものだからかは不明ですが)、床上1mを超す浸水があった場合でも、史料は無事だったという事例もありました。この点が地震被害の場合とは大きく異なる点だと考えられます。

 また、災害が発生してから大きな被害を蒙るまでにある程度の時間的な余裕があったという点も特徴と思われます。強い雨が降り、川が氾濫したり、堤防が決壊したりして浸水してくるまでに、ある程度の時間があった地区では、区有文書を預かっていた区長さんが、大切なものだからと、二階などの高い場所に史料を上げて浸水から守ったという事例もありました。  

 今後引き続き、大きな被害を受けた美山町や鯖江市、福井市を調査しないと結論は出せませんが、今立町・池田町の比較的被害の軽かった地区を調査した結果、今回の豪雨水害によって史料に甚大な被害がもたらされたとは考えられない、といってよいでしょう。このことは、新聞やテレビで何度かにわたり史料ネットワークの活動が報道されたにもかかわらず、レスキューの依頼が数件しかなかったことでも裏付けられるのではないでしょうか。

【今後の史料ネットの活動】

  では今後、福井史料ネットワークはどのような活動をしていくべきなのでしょうか。 まずはレスキュー活動について考えてみます。これまでに被害を受けた史料がレスキューされて文書館に運び込まれた事例は数件しかありません。また豪雨から1ヶ月近くが経った今、例えばフリーズドライなどの処置が必要な史料が、新たに出てくることは考えにくいでしょう。しかし近いうちにレスキューが必要な史料があることも2件確認できています。今立町では、蔵の一階部分に浸水があったにも関わらず、私たちが調査に入った時点では蔵の復旧まで手が回っていないという事例がありました。その場で蔵を開けてもらい、強引に史料をレスキューすることは無理だったので、後日、蔵の復旧・整理の際にはお手伝いさせていただく、とだけお伝えしました。また池田町では、半壊状態の家屋の二階部分に無傷の史料があることは確認できていますが、危険を伴うため現時点ではレスキューできない、という事例も報告されています。近いうちに家屋が解体される時に立ち合わせていただけるのであればお願いしたい、と伝えてあります。このような現場に立ち合う事ができるのであれば、その時にはある程度のボランティアスタッフが必要となるでしょう。

 次に現地調査について考えてみます。現地調査には二つの側面があると考えます。一つは、この水害によって史料が被害を受けたかどうかを確認し、もし被害を受けた史料があった場合には、これをレスキューするという緊急性のある側面です。そしてもう一つは、今回の水害では被害を受けなかった所蔵者に対して、史料の持つ重要性を訴え、将来にわたり二次的に史料が被害を受けることがないよう、啓発・アドバイスしていくという側面です。現在、今立町、池田町の2町でしか現地調査を行っていないので、残りについても現地の調査を行い、緊急にレスキューを行う必要のある史料がないかどうかを調査する必要はあります(未調査:福井市211件、鯖江市45件、美山町76件、今立町72件、合計404件/調査済:今立町75件、池田町104件、合計179件)。ただし激甚な被害を受けた美山町や鯖江市では、ボランティアだけで現地調査を行うことは無理です。教育委員会などとの共同調査、あるいは教育委員会の調査のお手伝いをする必要があるでしょう。また、被害の小さかった地区に対しても、二次的被害を防ぐための調査を行っていく必要があるでしょう。水害による被害が微少だったにも関わらず、家屋を建て替えるという話も聞きましたし、これを機に蔵の中の不要なものを整理(廃棄)するという話も聞きました。また山間部では離村を決めたという方もいらっしゃるようです。水害自体では被害を受けなかった史料もこのような事態で、近い将来に廃棄される可能性が出てきます。私たち福井史料ネットワークの現地調査員が所蔵者とお話しをすることで、こうした二次的な被害を食い止めることにも役立つのではないでしょうか。

 この一ヶ月間の活動を通じて、私たち福井での史料ネットワーク活動の限界が見えてきましたし、その一方で目指すべきあり方も見えてきました。 まず福井の場合、歴史系の大学院生・大学生の数が非常に少なく、例えば神戸や宮城などのように大学の研究室や文書館などに大学院生が事務局員として常駐する形は無理である、と判断するに至りました。本来、常駐事務局員が調査地区の差配をしたり、各種の連絡事項を発信したりする形が望ましいのでしょうが、それが無理である以上、次に述べるような福井式の方法をとることにしました。

 まず、今後事態が大きく変わらない限りは、福井史料ネットワークは特定の場所に事務局は置きません。また常駐の事務局員を置くこともしません(できません)。今後は十数人程度の資料保存機関職員や大学教員の方々にリーダーとなっていただき、このリーダーを中心にレスキュー、現地調査を行っていきます。レスキューや現地調査の予定は全てメーリングリスト上で発表し、これに参加できる方が参加の意思表明をする形をとります。したがって、リーダー以外の方から、いついつ空いているから調査の差配をしてほしい、という要望が上がってきても、これには応えづらいということになります(もちろんリーダーが調査日を決定する上での参考にはなるので、いつ頃なら参加できるという意思表示は助かります)。

 また、もうしばらくして少し落ち着いた時には、院生・学生さんだけの調査も可能かとは思いますが、現在のところ大学院生や学生さんにリーダーになっていただくことも考えていません。

 事務局は置かないとは言いましたが、調査やレスキューのための中継基地の役割を県文書館と県立図書館とが果たします。所蔵者名リスト・庄蔵者宅地図・調査票といった現地調査セット一式は、文書館・図書館で保管していますので、リーダーは調査前にここに立ち寄ってください。また調査が済んだ後のとりまとめも文書館・図書館で行います。

 現時点では、とにかくメーリングリストに頻繁に書き込んでいただき、頻繁に見ていただくことが重要かと思います。携帯電話とインターネットの普及が新しい活動のあり方を可能にしてくると思います。今後、福井史料ネットワークはそれぞれのメンバーをゆるやかにつなぐ「ネットワーク」として活動を続けていきたいと考えております。

                    2004年8月22日

                      福井史料ネットワーク代表 松浦義則