☆被災地の歴史資料・文化財の保全、震災の経験の記録化と保存!!
★幅広いネットワークづくりを通じて、歴史・文化を復興に活かす!!
☆被災地から全国へ、歴史学と社会をめぐる普遍的な課題へ!!
第13号 1998年5月20日(水)
史料ネット NEWS LETTER
発行 歴史資料ネットワーク(神戸大学文学部内)
TEL078-881-1212(内線4079),FAX078-803-0486
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┌───────────────── 目
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│1998年度の活動をはじめるにあたって…… 1
史料活用報告 神戸市藤本家文書………… 6│
│1997年度活動実績報告……………………… 2
公害史料保存の取り組み…………………… 6│
│明石で第8回市民講座開催………………… 3
あおぞら財団「公害経験事業」その後……… 7│
│埋蔵文化財問題の現状と課題……………… 3
9│
│被災史料整理と活用のプロジェクトから… 4
文献情報・各種お知らせ……………………10│
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┌───1998年度の活動をはじめるにあたって
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すすまない被災地の社会・文化の復興と
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史料ネットの役割 史料ネット代表幹事 奥村 弘
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│ 震災からすでに三年が過ぎました。最近私が東京へ出張に行った時、かならずみなさ
│
│ んから「神戸もだいぶきれいになりましたね。復興もかなり進みましたね」と言われま
│
│ す。このような励ましの言葉にどのように答えたらいいのか。いつも迷ってしまいます。│
│ たしかに表通りはきれいになり、住宅の再建もそれなりに進んできました。JRで通
│
│ 過しても、長田区を除けば、大地震のおこった場所であると分からないようになりまし
│
│ た。その一方で、なお仮設住宅には5月初旬現在で、1万8千世帯が暮らしています。
│
│ そしてそこに暮らす人がもと住んでいた場所に帰ることは極めて困難になっています。
│
│ 新たな復興住宅は建設されつつありますが、その多くは旧市街地と別の場所にある巨大
│
│ なビル群です。それは、住民が地域社会で育んできた生活や文化の破壊の上に、外見上
│
│ の復興はすすんでいることを象徴するものです。
│
│ このような被災地の状況の中で、地域が形成してきた歴史や文化を示す歴史資料を保
│
│ 全し、震災復興のなかで活かしていくという史料ネットの活動は、市民の共感を得るこ
│
│ とができ、そこから多彩な活動を発展させることができました。その様子は、これまで
│
│ のニュースレターや本号の記事をぜひお読み頂きたいのですが、歴史学が震災復興の中
│
│ で固有の役割を果たせたという点で、私たちは、この活動を、誇りうるものであると考
│
│ えています。
│
│ しかし、歴史や文化を復興に活かし、さらに震災の記録を保全し、さらにそこから現
│
│ 在の社会の中での歴史学の在り方を考えるという課題を、継続的にすすめていくことは
│
│ 簡単でありません。史料の仮整理ひとつをとっても、それは長期の作業を要します。ま
│
│ してや市民への新たな歴史像の提示、史料ネットの活動そのものの普遍的な意味での総
│
│ 括、自然災害時の保存のマニュアル作成など、今後もねばり強い、継続性のある活動が
│
│ 求められています。
│
│ 恥ずかしい話ながら、この震災が起こってはじめて、わたしは巨大災害から立ち直り、│
│ 新たな社会を形成していくためには、いかに長い時間がかかるかを思い知らされていま
│
│ す。大学、史料館・博物館、地域など、全国の歴史研究者の支援に感謝するとともに、
│
│ なおいっそうの財政的・人的な支援をお願いする次第です。
│
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│ 史料ネット活動支援募金 (郵便振替)
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名義 阪神大震災対策歴史学会連絡会 口座番号 01090−7−23009│
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1997年度活動実績報告
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全国の歴史研究者、愛好家、史料保存関係者などの皆さんのご支援により、1997年度は以下のような活動実績をあげることができました。ここに報告するとともに、お礼申し上げたいと思います。
■史料保全活動実績
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1997年度 │
1995年度〜1997年度合計 │
│史料救出・保全│4件 11人
│44件 505人(うち史料ネット334人)
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│パトロール調査│
│5市域 37回 326人(自治体職員若干名含む)│
│史料整理作業 │5件 16日間 95人 │14件 97日間
483人(全史料協有志、自治体職員等含む)│
なお、1997年度の実績には、史料ネットに対して協力要請のあった、被災史料以外の地域史
料保全活動実績も含みます。
また、上記の史料ネットによる取り組み以外に、尼崎戦後史聞き取り研究会など関連団体による史料整理・保全や、自治体など他団体と協力しての震災資料調査・収集などにも、幅広く取り組んでいます。
■市民講座・研究会等の開催
市民講座 第7回「清盛と福原京の時代」(神戸) 参加者462人
科学研究「被災史料保全活動からみた都市社会の歴史意識に関する研究」研究組織会議3回、 「被災地の都市社会形成・災害と歴史意識」学習会1回、戦後史料保存運動史学習会4回、 阪神・淡路大震災記録収集保存問題研究会1回
被災地の遺跡を考える見学会2回 参加者約60人、学習会(共催)3回 参加者約120人
石造美術品調査・ウォーキング 1回
古書市場問題懇談会1回
■財政報告(単年度収支、前年度よりの繰越額を含まない金額です)
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1997年度決算(1997年4月〜1998年3月) │
│歳入 946,582円│募金730,296円
ニュースレター郵送料等56,850円 市民講座資料代122,100円│
│
│記録集販売33,000円 利息4,336円
│
│歳出 1,089,725円│通信費 98,994円 備品・消耗品205,968円 史料整理経費
84,690円 │
│
│市民講座経費137,144円 常駐員経費499,700円 その他63,229円
│
歳入・歳出の差し引き不足分143,143円には、1996年度からの繰越額1,056,252円を充当しています。
また、1996年度と同様、活動総括・報告書作成等の史料ネット関連の研究活動は、上記の史料ネットの会計とは別に、科学研究等の助成研究費により実施されています。この部分の経費支出は概算で約240万円、これと合計した史料ネットの実質的な年間財政規模は、約350万円となっています。
1997年度の事業にも、ほぼ同額を要するものと予定しています。
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明石で第8回市民講座開催
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1998年4月12日(日)、明石市のサンピア・ホールで、8回目の「震災復興
歴史と文化を考える市民講座−明石城と明石の歴史的環境−」が開催された。地元明石の文化財調査団などとの共催企画であった。
海峡に面した同市は、瀬戸内交通の要所であり、畿内と外国との西の境界として、歴史的遺産に富む場所であり、市民の関心も高い。しかし地元行政は、周辺市町村と比べても、歴史の掘り起こしや地域遺産の保全に、必ずしも熱心ではなかった。
震災後、同市では、被災した明石城跡の修理や、駅前再開発にともなう城下の発掘調査が行われている。そこで今回は、まず大阪大学文学部教授の村田修三氏に、日本の城郭・城下町史上に明石城と城下を位置づける講演をしていただいた。さらに、それをうけて、市民の代表や行政の担当者、ネットのメンバーによって、地域の歴史像や文化遺産をめぐるパネルディスカッションを実施した。パネラーは次のとおり。
村田修三氏(大阪大学文学部教授)
中野直行氏(兵庫県教育委員会)
山下俊郎氏(明石市教育委員会)
橘川真一氏(明石市文化財調査団)
奥村 弘氏(史料ネット代表幹事)
同時に震災2ヶ月後にレスキューした史料の一部を展示した。特に今回の展示は、休憩時間に整理担当のメンバーが説明にあたり、市民との間に活発なやりとりが見られた。当日は絶好の行楽日和で、地元の桜祭りとかち合ったこともあり、参加者は80名と予想をやや下回ったが、展示会の成功などは、今後の企画の持ち方に一つの方向性を示したといえよう。
(文責・藤田明良)
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│ 明石市民講座参加記
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│ 関山麻衣子 (神戸女子大学大学院) │
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今回初めて史料ネットの活動に参加させていただき、自分の大学以外の外の世界へ目を向ける、貴重な体験をすることができました。
この度の講演やその後のパネルディスカッションは、明石の歴史がテーマでしたが、明石出身の私としては、大変興味深いものでした。明石に暮らしながら、今まで明石の歴史について考えたことはほとんどなく、すぐに思いつく明石の歴史といえば、明石原人と明石城ぐらいでした。しかし今回のお話で、明石市魚住町でつくられた焼物が交易されていたなど、他にも明石に埋もれた歴史があることを知ることができました。
講演を聞きに来られた人たちの中には、当日新聞を見て駆け込んで来た人や、史料展示場で積極的に質問される方々も多く、その熱心さに驚かされました。こうした市民講座が、人々を歴史に注目させ、史料の大切さに対する意識を高めることを実感しました。
史料ネットの活動に触れ、明石の歴史についてもう一度考えさせられると同時に、史料に対する新たな認識を得ることができ、貴重な時間を過ごすことができたと思います。
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埋蔵文化財問題の現状と課題
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1998年4月19日に久しぶりに史料ネットの埋蔵文化財関係担当者会議が開かれ、それをふまえ同月24日のネット運営委員会でも、埋文関係の現状と当面の課題についての話し合いがもたれました。そこでは大きくいって、以下の3つの点が問題となりました。すなわち、@埋文関係発掘調査事業の現状、A震災復興関連特別措置の期限切れに伴う問題、B震災復興事業の本格化に伴う問題です。以下、それぞれの問題についての議論の概要を紹介します。
@発掘調査事業の現状
担当者会議および運営委員会では、この間、埋文関係の発掘調査事業の進展状況を十分把握してこなかったため、この点の確認が重要であるという点を確認しあいました。なお県・市の埋文担当者に折衝したところ、県の担当者より、県および神戸市下の埋文関係事業の進展状況(昨年度分)について調査概況を近日中に知らせていただける旨の連絡をいただきました。
A震災復興関連特別措置の期限切れに伴う問題
衆知のように、県下の震災復興関連特別措置の期限が今年3月いっぱいで切れました。会議・委員会ではこの問題に関連して、他府県の援助により発掘調査が進められてきたこれまでの体制がなくなった現状で、今後、援助担当者の発掘調査対象を含めた県下の埋文関係遺構・遺物の調査・保存がうまくいくのか、また援助担当者分の調査報告書の作成が果たしてスムーズに実行できるのか、といった心配・不安の声が出されました。
B震災復興事業の本格化に伴う問題
この間、神戸市長田区のようにもっとも被害が激しかった地域でも、震災復興事業が本格化し始めました。長田区は埋文関係包蔵地図にも見られるように、県下でも有数の豊富な遺構・遺物が埋蔵されている地区です。しかし震災復興事業に際しての事前の発掘調査や発掘後の遺跡の保存がスムーズになされるか否かに関しては、復興・開発をいそぐ地権者や地域住民との関係から考えても憂慮される状況にあります。会議・運営委員会ではこの点が議論になり、対応策を考えるためにも、まず状況をより詳しく知ることが必要であるということを確認しました。
以上の@〜Bの問題についての議論をふまえ、今後ネットでは県・市に対し、埋文関係の概況、とりわけ震災関連復興特別措置が切れた後の体制の問題や復興事業本格化にともなう事前調査と遺跡保護の問題などについて、知らせてほしい旨の正式要望書を早い時期に作成することとし、その際、考古学・古代史の肩書きのある人(研究者)も要望者に加えるようにすることとしました。また要望書の作成に並行して、ネットの埋文担当者と県・市の埋文関係の現場担当者などとの間で、事前の懇談会を設け現状の問題点の大枠を確認しあうことも確認しました。なお長田区の問題については、まず史談会などを通じて状況をより具体的に把握しようということになりました。
(文責・中林隆之)
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│ 被災史料整理と活用の
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│ プロジェクトから
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〈明石市田中源左衛門家文書の整理と内容〉
田中家文書の仮整理が始まったことについては、すでに本ニュース第11号でも報告されましたが、今回はその経過報告をかねてこれまでに整理した文書の内容について紹介します。
* * *
田中源左衛門家資料のうち、美術工芸品や民具類などは比較的早くから整理が進められていましたが、文献史料については、国立史料館の廣瀬睦さんを中心とするグループによって襖の解体作業がなされているだけで、救出以来二年以上経過しても整理の見通しはほとんどたっていませんでした。こうした中、史料ネットは明石市での市民講座開催を決定しましたが、その場で数少ない明石市での成果である田中家文書の展示を計画するにいたりました。しかしほとんど未整理の状態では、それもままならぬことから、ようやく同文書群の整理が進められることになり、救出に携わったメンバーを中心にボランティアが集まり、1997年11月に一回目を実施しました。作業は98年4月までに5回行なわれており、今後もなお数回はかかる見込みです。
文書整理には目録の作成が自ずから伴いますが、どのような目録に仕上げるかは、始める前に充分議論しておく必要があります。当面考えられるのは、一点一点の文書について目録を取るのか、概要を確認する程度の大雑把なものにするかですが、今回は基本的に前者で行くことになりました。しかし、新聞や領収書の類については点数だけ把握し、ある程度一括処理することになりました。こうして目録を取るための取り決めがなされましたが、これらの決め事も作業に携わる人によりばらつきが出てくることは、ある程度止むを得ないことです。これをクリアーするためには、全体を統一・整理する作業を誰かに一任することが必要となるでしょう。
文書には番号を記した付箋を挿入することにしました。但し、一紙文書などでは脱落の恐れがあるため、長めの付箋を折り込む方法をとりました。付箋の用紙は薄様を用い、できるかぎり嵩張りをなくすことがはかられました。その番号の付与原則ですが、救出時の記録では史料の保管位置や層序などによって通番を付す形が取られていたので、これを充分生かして、基になる番号に枝番を付与する形で目録化を進めることになりました。収納方法は、最近一般化しつつある封筒による保管も考えましたが、どうしても嵩張ってしまうのでこれは諦める方向で考えられています。統一規格の文書箱に収納することが将来的な目標になっていますが、いまのところ整理開始時の入れ物に戻されています。
* * *
ここで田中家文書の内容について簡単に見ておきましょう。まず顕著なのは、この家が近代以降、酒を中心とする醸造業をされていたため、その経営などに関する史料が多いことです。関連するところでは、酒蔵を普請する際の入用勘定帳や、精米業に関するものもでています。
また、田中家は代々文化的素養を備えた当主を輩出されたようで、近世から近代にかけての刊本が多いのも特徴です。論語や孟子のような“硬い”ものから絵本太閤記のような“軟らかい”ものまで、内容は多彩です。近世の往来物や近代の教科書などもかなり見られます。
興味深い史料に、近世に日光までの俳諧紀行をした際の日記があります。松尾芭蕉の足跡を追う旅だったのか、芭蕉句碑のスケッチなどもしています。また明治期のものですが、伊勢参宮の折の小遣い帳などもありました。明治ともなると、人力車で伊勢参りをしていたようです。
さらに、日露戦争時の軍事動員に関する史料など近代史料で注目すべきものが多くみられますが、近世文書は意外に少なく、絵図などで若干注目すべきものがあるほか、証文類や帳面類などが何点かみられる程度です。当家は、近世には明石藩領浦辺組大庄屋をやっていたと伝えられていますが、残念ながらその点に関する史料は少ないようです。
絵図類ですが、文化2年に伊能忠敬が明石付近の海岸を測量した際に提出したものと思われる浦辺組の絵図や、明石藩領を示した絵図、また“流宣図”とよばれる近世にかなり流布した日本全図などがありました。
このほか整理途中のものもありますが、近代の書簡・葉書の類が相当残されています。
なお、これらのうちの何点かは、4月12日に開催された市民講座の際に、展示・解説がなさ
れました。 (文責・木村修二)
│田中家文書整理の第6回は、5月31日(日)│
│に実施する予定です。参加希望者は、史料│
│ネットセンター(078-881-1212 内線4079)│
│までお問い合わせください。 │
〈岡本家大庄屋日記研究会の発足〉
1998年5月2日、尼崎市総合文化センターにおいて、岡本家大庄屋日記研究会の第一回勉強会が行なわれました。呼びかけ人は、大国正美さんと寺田匡宏さん、そして文責者木村修二の3名です。
岡本家文書(近世文書)は西宮市より文化財指定をうけるなど、早くからその存在が知られていました。ところが、岡本家がさきの震災で大きな被害を受けられましたので、文書の動向が心配されましたが、さいわい文書は無事で、史料ネットのレスキュー活動で近代文書の発見がなされるというおまけもつきました。今回テキストとする「日記」は、すでにその存在が知られていた文書群の一部ですが、これまでに市史などで部分的な翻刻がなされているだけで、全容についてはほとんど知られていませんでした。そのため今回、有志を募って研究会を発足し、全文翻刻を目指すことになったのです。また、この会を通して、西摂地域の歴史像の構築ということも同時に目指され、加えて、発足に当たって研究者以外の一般市民の参加も歓迎することにしたのが特徴です。但し、いわゆる古文書を読む会とは違うので、一般参加の方にはかなりの努力が必要となりますが、なんとか頑張って続けられることが期待されます。
当日は、簡単な自己紹介のあと、まず、寺田さんから「西摂地域史研究と岡本家文書」と題して、報告がなされました。寺田さんの報告は、研究史上における岡本家文書の位置と論点を、八木哲浩氏(神戸大学名誉教授)の研究を中心にまとめたもので、農村構造、豪農経営、近世的宮座の成立、夫役負担、近世井組、そして商品流通という多岐にわたる問題を含むことを指摘されました。続いて木村が、「岡本家大庄屋日記の<利用>史」と題して報告しました。まず、これからテキストとなる「日記」について、書誌学的な概要と問題点について論じた後、「日記」がどんな形で利用されてきたかということを述べました。「日記」は日次記の形式をとり、文化年間から安政年間までのおよそ50年間にわたる大部なものです。「日記」の利用にはやはり八木氏の存在が大きく、八木氏の関わられた『西宮市史』『尼崎市史』での利用が量的にも突出していることを指摘しました。
この後、参加者全員でこれからこの会をどのように進めて行くかについて、議論がなされました。会の性格については、基本的に先に述べたようなことで、「日記」の翻刻を目指して読み進めてゆくことで意見が一致しました。中身については、進めながら考えて行くことになりましたが、登場人物や出来事・地名などを調べながら読み進めてゆこうということになりました。事務体制は今後の課題ですが、会場費の関係もありますので、いちおう会費制となる見込みです。会は、当面一ヵ月に一回のペースで進められます。第二回以降ももちろん新たな参加者を歓迎しますので、詳しくは下記までお問い合わせください。
【連絡先】
木村修二(キムラシュウジ)06−575−1283
寺田匡宏(テラダマサヒロ)0797−22−5288
(文責・木村修二)
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│岡本家大庄屋日記研究会《第二回》 │
│1998年6月7日(日) 13:30〜 │
│会場:西宮市夙川公民館 │
│ ※阪急「夙川」駅下車、南へ徒歩2分│
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史料ネットでレスキューした文書の整理や活用が課題となっており、その具体的な成果も少しづつ生まれてきています。
今回は、その一事例として、神戸市東灘区の被災家屋からレスキューされ神戸大学文学部に保管されている森地区・藤本家文書を使って、土地区画整理に関する卒業論文を執筆した神戸大学工学部の森光研治さんに、文章を寄せていただきました。
今後も、こういった被災史料の研究、とりわけ今回のような学際的な利用や、社会への還元、成果の活用などが望まれます。
┌─史料活用報告────────────┐
│ 神戸市東灘区・藤本家文書
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│ 森光研治(神戸大学工学部)
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今回、私は史料ネットの「藤本家文書」を使って、本山村森北部土地区画整理組合について卒業論文を書かせていただきました。この組合は昭和初期に武庫郡本山村森の現JR線以北で設立され、地区全域にわたる道路の整備、小学校敷地の造成や河川、水路の暗渠化を計画していました。これらの計画は昭和13年の水害や戦争の影響で実現しなかったものもありますが、事業によって現在の山手幹線を含む地区南部の道路の多くが整備されました。
卒論を書き始めた頃は、あのような古い史料をどう扱えばよいのかわからず、慣れない文や旧字のため作業が思うようにはかどりませんでしたが、それにも次第に慣れていき、最初はバラバラのように思っていた史料にもつながりがあることがわかり始め、作業が面白くなっていきました。
実は、私は卒論を書き始めるまで、都市における歴史的なことにはそれほど興味がありませんでした。けれども都市を考える上で、過去に行われたことは現在に大きく影響しており、このことは卒論を書き進める中でも強く感じました。そういう意味でも今回は貴重な経験をさせいただいたと思います。
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│ 公害資料保存の取り組み
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西淀川公害裁判のあとを受けて、公害被害地域の再生を目的として1996年に西淀川に設立されたあおぞら財団・公害地域再生センター。同財団は、西淀川地域の再生のみならず、全国レベルの公害被害地域再生の課題に取り組む団体です。
史料ネットでは、このあおぞら財団に対して、1997年1月に開催された「西淀川の震災展」や同年3月の見学検討会「西淀川を考える」(大阪歴史学会とあおぞら財団の共催企画)への協力をはじめ、公害資料整理事業へのアドバイスなど、継続的な連携・協力をはかってきています。
資料の保存活用を事業のひとつの柱として重視しているあおぞら財団では、発足後まもなく「地域資料室」を開設し、さらに「公害博物館」構想の検討を続けてきているのに加えて、今年度から3か年計画で、環境庁の外郭団体からの委託事業として、全国レベルの大気汚染公害被害者運動の資料の整理・保存事業に着手することになりました。
今回は、今後の日本の公害・環境問題の歴史の保存・研究にとって大きな意味を持つことになるであろうこれらの事業の現状と課題について、同財団の達脇明子さんにレポートを寄せていただきました。
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│ あおぞら財団「公害経験
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│ 事業」その後
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│ 達脇明子(あおぞら財団・公害
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│
地域再生センター研究員)│
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(財)公害地域再生センター設立準備会が歌島橋の交差点近くに事務所をかまえて、実質的に活動を始めたのは、1996年3月のことであった。同年9月の正式許可を経て約2年、試行錯誤をしながらいろいろな事業に取り組んできた。
財団の活動は3つの柱(地域づくり、公害経験の伝承・情報発信事業、環境学習・環境保健事業)からなっている。そのなかで、この約2年間の歴史資料保存に関わる活動の概要については、片岡法子「地域の課題と資料の保存−公害地域再生の取り組みから−」(『記録と史料』8 1997年10月)、拙稿「あおぞら財団と「西淀川の震災展」」(『日本史研究』425号1998年1月)を参照していただくとして、本稿では活動の過程で明らかになってきた公害関係資料の整理・保存事業に関わる問題点・課題等について、担当者として若干の感想を述べてみたい。
〈あおぞら財団による「公害経験事業」の
取り組み〉
財団の「公害経験の伝承・情報発信」活動を実践し、「公害博物館(仮称)」を実現するための検討組織として「公害博物館(仮称)」基本構想委員会(以下委員会)が設置されたのが1996年5月。小山仁示
関西大学教授を座長に、足立義明
西淀川公害患者と家族の会事務局長、江川誠一 (株)関西総合研究所研究員、柴田昌美
大阪都市環境会議会員、達脇明子 大阪都市環境会議会員(1996年10月まで)、壷井貞志
大阪環境保全株式会社専務取締役、津留崎直美
弁護士、早川光俊 弁護士・CASA専務理事、弘本由香里
大阪ガス(株)エネルギー・文化研究所客員研究員、三宅宏司
武庫川女子大学教授(1997年7月から加入)、村松昭夫
弁護士、財団理事長
森脇君雄という多彩なメンバーで構成された委員会は、1998年3月までの約2年間で開催回数12回に及んだ。この間、1996年11月には、私が弁護団事務所資料の整理・保存作業担当の臨時職員として採用された。
同年12月には、「西淀川地域資料室」を開設し、微力ながら情報発信、フィールドミュージアム活動の拠点として機能し始めている。
〈事業の現状と課題、問題点〉
さて、財団の公害経験事業の主柱として第一義的に取り組むべき業務であった公害被害者運動等に関わる資料の保存・記録化作業は、1996年11月時点ですでに準備の始まっていた「西淀川の震災展」に手を取られ、整理作業は中断を余儀なくされ、その後も日常業務、受託業務や時々の課題に追われてほとんど進捗をみることができなかった。同時に震災展活動過程でも明らかになったことであるが、収集した資料の保存・公開場所の問題も我々のようなNPOが継続して活動していくには大きいものがある。「公害博物館」実現の過程で検討を要する課題である。
また、財団設立時の諸般の事情からであろうが、理事、評議員等の役員に歴史学の専門家がいないことから、財団事業の主柱ともいえる公害関係資料についての理解がもう一歩深まらず、現場を担当する者としてはやりにくさを感じてきたことは否定できない。そのような状況のなかで、小山先生、三宅先生が、時に応じて実質的かつ適切な助言や指導をしてくださり、小山先生を通じて史料ネットや辻川敦氏のような強力な協力者を得られたことは財団にとって大きな力になった。
委員会は12回を数えたわけだが、事務局側の運営の未熟さもあって系統的な議論の積み重ねが不十分であったことは否めない。そもそも「公害博物館」という考え方にしても、事務局内部、委員会内部で、見解が一致しているとは言い難く、新潟水俣病資料館の例を持ち出すまでもなく、このままで事業を進めていくことには少なからず危惧を感じている。
〈全国の大気汚染被害者運動等資料保存
プロジェクト〉
このようななか、今年度から3ヵ年の予定で(特)公害健康被害補償予防協会の委託事業として、全国的な大気汚染に関する被害者運動等の資料保存に着手することになった。公的バックアップによってこのようなプロジェクトを行えることは、財団が各方面に情報を発信してきた一定の成果といえないことはないだろう。しかし真価を問われるのはこれからである。以下に事業計画の概要を述べておく。
(1)西淀川における被害者・住民運動資料の整理・保存作業
1998年度は、全国の公害患者団体での展開に先駆けて、特に西淀川での資料の収集・整理・保存作業を重点的に行う。
資料は公害問題発生の現地において保存すること(「原地保存の原則」)を前提とし、さらに「原秩序保存の原則」に則った一連の作業体制が、全国各地の公害被害者・住民・運動団体で可能になるように、西淀川公害訴訟の弁護団資料、患者会関係資料の整理・保存作業過程で方法論の確立を図りたい。
(2)資料所在の把握
大気汚染関係の被害者運動は、それぞれの歴史的経緯をもっており、組織間の連携・共同行動の蓄積という点でも特徴をもっている。各地の公害患者会事務所の中からいくつかのモデルを設定して、資料保存の状況についてヒアリング及び現況調査を行う。
(3)ネットワークづくり
21世紀を展望しつつ情報化時代の新しいアーカイブズ機能を備えたミュージアム(博物館)をめざそうとするするとき、その中心となるのが、電子媒体情報を含む現代記録資料の管理と保存および公開の問題である。この問題に今後の方向性を示すうえで重要になるのが、ネットワーク化である。
国、地方自治体、企業から、地域の小さなNPOまで、さまざまなレベルの組織体が協力し合いながら現代の記録を保存して活用していくという、ネットワーク形成の課題は、この事業でも大きな要素になるはずである。また、地域住民やボランティアなど市民の主体形成もネットワーク化にとって重要になる。
そこで今年度は、その第一歩として、各地の被害者・患者会・住民運動団体における資料保存状況を確認するとともに、専門家、行政関係者等を交えて、資料保存・活用のあり方、方法等について研究を深める。できれば各地域で資料保存・記録化作業が推進できる主体形成をめざしたい。
この計画に基づいて、弁護団資料の記録化とともに、西淀川公害患者と家族の会所蔵資料の整理と記録化を進める準備を始めたところである。この準備段階で史料ネットの関連団体である「尼崎戦後史聞き取り研究会」(あおぞら財団市民研究員助成の対象団体)のメンバーにも指導と助言をお願いした。この尼崎での取り組みは、専門家グループによるネットワーク型の支援、行政機関のサポート、市民ボランティアの積極的参加等今後の各地での活動のあり方に大きな示唆を与えるものである。
〈資料保存をめぐる理解のギャップと克服に向けて−史料ネットへの期待−〉
一般的に歴史という学問に対する世間の認識は誤解に満ちていることが多いのだが、この2年間、歴史学以外の学者や運動関係者等に会うたびに現代史の第一次資料の保存や公開に対する理解や認識にズレやギャップを感じてきた。財団としてはこの3ヵ年の委託事業を通して、資料保存・記録化活動での実績づくりと、全国的な資料保存に向けた合意形成、ネットワークの構築に力を注ぐつもりであるが、NPOとしての史料ネットに対しては、資料保存の必要性や情報公開についてのさらなる世論形成とともに、市民参加型・ネットワーク型による主体形成の方法論の確立を図るために、その中心的役割を期待したい。
この頁に寺田原稿挿入
■文献情報
白石健二『震災の記憶
震災の記録−史料保存機関職員の震災記録−』自費出版
1998年3月
尼崎市立地域研究史料館職員の筆者が、職員として、個人としての震災体験、被災者や地 域復興とのかかわりなどについて率直に記している。被災史料保全活動についても、尼崎史 料館とのかかわりを中心に、広く資料をあたって詳述しており、資料編部分も充実している。
1冊2,500円。入手希望者は、尼崎史料館・白石(TEL06-482-5246、FAX06-482-5244)まで。
■ボランティア募集・研究会の開催等のお知らせ
◇明石市・田中源左衛門家文書整理
本ニュース4〜5頁の紹介記事をご参照ください。
◆岡本家大庄屋日記研究会《第二回》
本ニュース5〜6頁の紹介記事をご参照ください。
◇尼崎戦後史聞き取り研究会
例会 1998年5月27日(水)午後6時30分から 内容「大阪俘虜収容所に関する考察」
報告者:加藤照也氏 於尼崎市立地域研究史料館(阪神尼崎北東5分、尼崎市総合文化センター内)
尼崎公害患者会資料整理 1998年5月30日(土)午前10時から
於史料館分室(尼崎市北城内)
(問い合わせは、いずれも尼崎市立地域研究史料館、TEL06-482-5246まで)
◆芦屋市・旧金川邸解体調査
新聞等でも報道されていますが、芦屋市伊勢町の旧金川邸を歴史的建造物として移築保存するプロジェクトが、市民グループ・芦屋文化復興会議により進められています。本格的な解体は6月にはじまる予定です。同会議では解体調査へのボランティア参加を呼びかけており、史料ネットに対しても支援協力要請がありました。市民の参加も呼びかけたいとのこと。参加申
し込み・問い合わせは、芦屋文化復興会議(TEL/FAX0727-30-6206)まで。
■“News Letter”郵送購読受付のお知らせ
本“News Letter”の1998年度郵送購読申込みを受け付けています。年間(4号分)送料500円。
ご希望の方は、史料ネット事務局までお申し込みください。
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このニュースは、NIFTY−Serveの歴史フォーラム・歴史館2番
会議室「地域史情報室」に“曾根崎新地のひろ”さんが転載しています。
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│ 史料ネット NEWS
LETTER No.13 1998.5.20(水) │
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