歴史資料ネットワーク副代表の松下正和(近大姫路大学講師)による、2011年4月25~27日に実施した、宮城県農業高校所蔵書籍レスキュー作業のレポートの続きです。「【前編】2011年4月25~27日 宮城県農業高等学校所蔵書籍レスキュー報告」よりご覧ください。(か)
 

 
■26日の作業
 8時半から18時半まで、芸工大のセンターにて神戸の史料ネットと芸工大メンバーによる応急処置をおこなった。たまたま居合わせた資料保存器財の木部徹氏とともに応急処置の方針を協議し、テンバコの和本・洋本について必要な処置ごとに再度仕分けし、テンバコに詰め直すこととした。具体的には、史料の状態(濡れ具合や固着度、カビの有無など)により、和書に関しては4ランク、洋書に関しては3ランクに分けトリアージをおこなった。

<和本>
(A)乾燥が進んでいるため自然乾燥をする以外特に緊急の処置が不要なもの
(B)少し濡れているため送風乾燥の必要なもの
(C)史料同士がくっついているため固着展開が必要なもの
(D)水濡れの程度が激しく、カビも発生し、すぐに冷凍処置の必要なもの

 

<洋本>
(A)乾燥が進んでいるため自然乾燥をする以外特に緊急の処置が不要なもの
(B)少し濡れているため送風乾燥の必要なもの
(C)水濡れの程度が激しく、カビも発生し、すぐに冷凍処置の必要なもの
 
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           ▲処置不要のもの                       ▲送風乾燥のみのもの

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          ▲固着展開が必要なもの                     ▲冷凍が必要なもの
 応急処置の基本的な方針として、当初予定していた冊子を解体し一紙ごと水洗いするなどの大がかりな修復処置は施さず、乾燥と冷凍を中心にすることを決定した。水洗いを実施しなかったのは、修復の領域にまで踏み込んでしまい史料ネットの方針である応急処置と一時保管という枠から外れてしまうためという理由が大きいが、潮水で水損した和紙の水洗いによる「脱塩」効果が必ずしも検証されていない点、また全点を水洗いすると冷凍処置に回さざるを得ず、センターの冷凍庫の容量を考慮すればパンクしてしまう点、さらにはペン書きの史料や表紙の裏に色紙を使用している和本もあるなどインクや染料の滲みが懸念される点があったためである。乾燥後でも洗浄が可能であることから、ひとまずは乾燥と冷凍を基本的な方針として、(D)の状態を(B)に、(C)の状態を(B)に、(B)の状態を(A)にすることを目標に処置を開始した。
 (D)の史料については、刷毛やヘラで泥を落とし、霧吹きに入れたエタノールを噴霧し消毒殺菌をおこなった。その結果、乾燥が進んだものについては(B)扱いとし、水濡れの程度が依然として激しい場合はビニール袋詰めして、冷凍庫で冷凍保管することにした。
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          ▲ビニール袋詰め作業                   ▲袋詰めの際には封をしない
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                             ▲冷凍庫で保管

 (C)の史料については、史料同士がくっついた状態であったため、小口についた泥をヘラなどで落とし、可能なものについては固着展開を試みた。展開の方法は、史料の表紙同士がくっついた箇所にヘラを徐々に挿入しこじあけたり、史料に軽い衝撃を与えることで固着箇所をはがしたりするものであった。一点ごとに展開できた史料は乾燥が進んでいれば(A)扱いに、濡れている場合は(B)扱いとした。但し、固着展開により表紙の用紙が破損するおそれのある場合は無理に開かず、そのまま真空凍結乾燥にまわすため、ビニール袋に入れて冷凍保管することとした。
 (B)の史料については、小口についた泥を刷毛やヘラで落とした後、エタノールを噴霧し消毒殺菌をおこなった。その結果、乾燥が進んでいれば(A)扱いに、濡れている場合はそのまま(B)扱いとした。
 洋本のうち、塗工紙が使用されているものについては、乾燥後固着するおそれがあったため、生乾きの状態のうちに固着展開をおこなった。
 軸物については、慎重に開くことで水分を蒸発させる処置と、付着した泥を刷毛でドライクリーニングする処置をおこなった。一点は宮農出身で満州国の要人となった廬元善の書であった。もう一点は残念ながら墨が流れてしまっていた。
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          ▲小口の泥を落とす                      ▲固着した和本の展開
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イメージ 18          ▲塗工紙の固着展開                        ▲軸物の処置
 
 
■27日の作業
 9時から、26日と同様に(B)~(D)の処置を再開し、少しでも(A)の乾燥状態(そのまま返却可能な状態)に近づけるよう努めた。
 (A)の分量が増えてくるに従い、後藤氏から提供を受けた『宮城県農業高等学校所蔵古書目録』『宮城県農業高等学校所蔵和漢古書目録』の目録と(A)の資料との照合作業に着手し、救出できた資料の把握をおこなった。
 また、水洗いによる脱臭効果を確認するために、サンプルとして同種の和本を選び、①一紙ごとに解体して水洗い、②解体せず丸ごと水洗い、③未処置の3パターンの処置を施した。手順は以下の通りである。なお、これはあくまでも緊急時の簡易な洗浄方法であり、修復記録を丁寧にとる通常の修理方法ではないことをご了承いただきたい。

①一紙ごとに解体して水洗い:綴じを外した際に順番がわからなくなるのを防ぐためにデジカメで1丁ごと撮影してから、綴じを外し、一紙の状態にする(綴じ紐は別途保管する)。支持体の上に敷いた不織布を水入りの霧吹きで湿らせ、不織布に付いた水滴を乾いたタオルでぬぐい取り、その上に史料を裏返して載せ、皺を乾いた糊刷毛で伸ばしていく(濡れすぎると史料を置いた際に皺を伸ばしにくいため)。皺伸ばしが完了するとその上からさらに不織布で覆う。水を含ませた糊刷毛で不織布の上から撫でることで、泥などの汚れが流れていく。汚れが出なくなるまで二、三度この作業を繰り返す。史料が不織布でサンドイッチされた状態のまま、セームタオル(あるいは吸水タオル)の上に置き、不織布の上からセルローズ系スポンジで吸水乾燥をする(セームタオル・スポンジを使うことでキッチンタオルの消費量を抑える)。上の不織布を外し、乾燥台の上で自然乾燥する。扇風機などを使用し、可能な限り空気の対流を作り乾燥を早める。
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          ▲1丁ごとデジカメ撮影                        ▲綴じを外す
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イメージ 22          ▲一紙の状態にする                      ▲不織布を湿らせる
イメージ 23イメージ 3         ▲不織布の上に史料をのせる                ▲史料の上に不織布をかぶせる
イメージ 4イメージ 5        ▲水で濡らした糊刷毛でなでる                  ▲スポンジで吸水乾燥
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                            ▲台の上で自然乾燥
②解体せず丸ごと水洗い:水をはったコンテナ内に史料をそのままつけ、軽く押し洗いをおこなう。汚れた水がコンテナ内に出るのを確認したら取り出し、タオルや吸水タオルなどで粗く水分を取る。開くページ(一箇所)にキッチンタオルを挟み、さらに史料全体をキッチンタオルでくるんで上から体重をかけて押しながら吸水乾燥をおこなう。この作業を数度繰り返すことで、徐々に水分を吸水していく(いわゆる「押し法」)。
イメージ 7イメージ 8        ▲コンテナ内の水に史料をつける                 ▲タオルで粗く水分をとる
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                          ▲キッチンタオルを挟み吸水
 
 今後の作業方針について記したメモを米村氏に手渡し、神戸の史料ネットメンバーは16時半に芸工大を辞去した。
 
■最後に
 作業にあたられた宮城県農業高校の皆様、関係機関の調整や資材の調達をしてくださった宮城・山形ネットの皆様、本当にお疲れ様でした。また、作業スペースの提供と乾燥作業にご協力賜った東北芸術工科大学の米村研究室の皆様には改めてお礼申し上げます。最後になりましたが、宮城県農業高等学校の一日も早い復興をお祈りいたします。